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シリーズ第6回『浜松でたいせつにしたい会社』 介護福祉用品製造・販売「マジックシールズ」 転倒骨折防止マットで積極的な海外展開 「人を守る」浜松発スタートアップ



シリーズ『浜松でたいせつにしたい会社』
第6回「マジックシールズ」

 シリーズ第6回は介護福祉用品製造販売のスタートアップ「マジックシールズ」(浜松市中央区鍛冶町、TEL 050-1742-4400)。歩くときは硬く、転んだときだけ柔らかい。高齢者の転倒による骨折リスクを低減させるマット・床「ころやわ」を開発。「医療・介護」という世界共通の課題を見据え、浜松と米国を拠点に積極的な海外展開を図る。

 リハビリテーションに力を入れる「すずかけヘルスケアホスピタル」(磐田市大原、病床数160)は2022年から「ころやわ」を段階的に導入してきた。患者の転倒頻度が高いベッド脇に置くマットタイプを14カ所に設置、2つの病室はフロア全体を「ころやわ」で施工した。看護部長の中村真由美さんは「ふだんは硬くて歩きやすいのに、患者さんがどーんと転んだときにはふわっと柔らかくなる」と驚きを隠さない。マットの厚さは1センチ。実際に足を乗せてみると、わずかに沈み込むだけで歩行に違和感はまったくない。これまで「ころやわ」の上で転倒骨折した例はないという。

 理学療法士でリハビリテーション技術部課長の加茂駿太さんによると、同病院の全患者のうち転倒骨折をきっかけに入院している患者は約4割。一般的に80~90代の高齢者が中心で女性が多いという。「高齢者が転倒して骨折する部位は大腿骨が全体の25%。しりもちをついたときに背骨を圧迫骨折したり、手首の骨を折ったりすることもある」と加茂さん。



 国内の高齢者の転倒骨折は2000(平成12)年以降、毎年約100万件発生している。関連医療費は年間約2千億円。介護費まで含めれば1兆円に上るとの試算もある。寝たきりや介護が必要な状態になれば、本人だけでなく家族や社会にとっても大きな負担だ。

 かつては高齢者を転倒させないために「なるべく歩かせない」という考え方が主流だった。だが、体を動かさなければ体力が落ち、場合によっては認知症が発症・進行しかねない。「ころやわ」開発に関わった同社取締役の杉浦太紀さんは「転倒防止は大前提。そのうえで患者自身が自由に動くことができ、万一転んでも骨折しないことが何より大事」と話す。

 柔らかいだけのマットは不安定で歩きにくく、車いすも使いにくい。「ころやわ」は樹脂製のブロックを格子状に並べ、転倒時の衝撃に応じて変形する「可変剛性構造体(メカニカル・メタマテリアル)」を採用、「衝撃吸収性」と「歩行快適性」の両立を実現させた。転倒時に床面がへこんで衝撃を吸収。大腿骨にかかる負荷を一般的なフローリングの約半分に抑え込めるという。同社が21年~22年に広島県の11の病院の協力で行った検証では、「ころやわ」の上で転倒したケースが約190回あったが、骨折はゼロだった。

 愛知県出身の杉浦さんは理学療法士として10年間、同県内の病院に勤務し、転倒骨折の実態をつぶさに見てきた。寝たきり問題を解消したり健康寿命を延ばしたりする製品やサービスを作りたい。そんな思いでグロービス経営大学院名古屋校に通っているとき、現社長の下村明司さんと出会った。



 下村さんは神奈川県出身。ヤマハ発動機(磐田市)で14年間、オートバイの設計・開発などに携わり、事故の際の衝撃吸収研究の蓄積があった。東京電機大大学院では災害救助ロボットを製作。悲惨な事故や災害、暴力から人の命を守りたいとの思いが強かったという。ヤマハ発動機でもさまざまなアイデアの実現に力を注いできたが、「どんなにいい物を作っても大きなビジネスにしなければ世界に届けられない」(下村さん)。会社に籍を置きながらグロービス経営大学院に通い、MBA(経営学修士)を取得。同時に杉浦さんを通じて転倒骨折の実態を知った。下村さんの祖母も転倒骨折から寝たきりになり、亡くなっている。下村さんと杉浦さんは骨折防止に向けた事業化を決断する。

 2人は19(平成31)年1月から「可変剛性構造体」の開発に着手。約800種類に上る試作を繰り返し、何度も事業計画を練り直した。同年11月、「マジックシールズ」を設立。「可変剛性構造体」の特許を出願し、翌20年8月から「ころやわ」の販売に踏み切った。「マジックシールズ」の社名にはリスクから人を守る「魔法の盾」の意味を込めた。21年に経済産業省「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」最優秀賞、23年には内閣府「第6回日本医療研究開発大賞スタートアップ奨励賞」を受賞。「ころやわ」を導入した施設は国内で今年4月に1,600を超えた。

 創業当初から下村さんが目指していたのが海外への展開だ。転倒骨折は世界全体で2千万件発生、米国だけでも300万人が転倒骨折しているとされる。見方を変えれば「ころやわ」にとって巨大なマーケット。下村さんは「ころやわ」を持って世界各地を回り、時には忍者の衣装で「ころやわ」の上で転んでみせるパフォーマンスを披露。分かりやすく効果を伝えてきた。



 23年には米国法人を設立。これまで米国内の130施設が導入し、韓国、台湾、中国、カナダ、オーストラリア、英国、スペインなど10カ国で着実に利用実績を重ねている。「米国での評価がスタートアップとしての評価につながる。データを蓄積するうえでも、さまざまな体格の人がいる米国が最適」と下村さん。「ころやわ」のパーツ自体、世界のどこでも作れる汎用性を重視しているという。

 従来モデルのマットや床に加え、ナースコール対応センサーが付いた病院向けマットも新たに開発。将来的には床や壁の衝撃吸収だけでなく、マンションなどの消音・断熱効果、乗り物酔い防止のための振動抑制など幅広い用途も想定している。 「車のシートベルトやバリアフリーは今や世界で当たり前。僕らも『ころやわ』の床を世界中に広げ、『あって当たり前』の存在にしたい。そのデータを基によりよいサービスを提供していきたい」。下村さんは力を込める。

 「人を守る」という使命感と高い技術力、市場ニーズの的確な把握で世界の最前線で奮闘する浜松発スタートアップ「マジックシールズ」。「浜松でたいせつにしたい会社」である。