シリーズ第2回は、ハーモニカ一筋80年の「昭和楽器製造」(浜松市中央区上島1、TEL 053-471-4341)。繊細な調律技術は全国的に評価が高く、文字通りオンリーワン。主力商品のミニハーモニカは「音へのこだわり」と「遊び心」で楽器の街・浜松の土産品として定着している。若者に人気のブランド「BEAMS(ビームス)」(東京・渋谷区)が手掛けるプロジェクト「BEAMS JAPAN」ともコラボレーションし、新たな魅力発信を図る。

2025年6月、昭和楽器製造営業部長の中澤哲也さんの元に1本の電話が入った。相手はファッション・雑貨からカルチャーまで幅広く手掛ける人気ブランド「ビームス」PD本部ブランド部ビームス ジャパン課の大畑慶高さんだった。
「ビームス」の25年2月期の売上高は約914億円。2,000人近い正社員を抱え、ロンドン、パリ、ミラノ、ニューヨークに海外オフィスを構える。そんな世界企業がなぜ、うちのような地方の小さな会社に―。首をひねる中澤さんに、大畑さんは「ぜひ一緒にやりませんか」と熱く語りかけた。
大畑さんによると、「BEAMS JAPAN」は全国各地の銘品や文化といった「日本」の魅力を国内外に発信するプロジェクト。「(昭和楽器製造は)国内で希少となったハーモニカの自社一貫生産を続ける唯一無二のメーカー。素朴で温かみのある見た目と音色の美しさに強くひかれた」と大畑さん。「特にミニハーモニカは楽器としての高い品質とだれもが手軽に音楽に触れられる遊び心を兼ね備え、新しい日本の魅力を提案できる」。
「大畑さんは昭和楽器製造の歴史やミニハーモニカについてよく調べてくれていた」と中澤さんは振り返る。「大手企業とのコラボはうちにとって初めての経験だったが、思い切って決断した」。
新たに商品化したのは、本体に「BEAMS JAPAN」のロゴを刻印した特別仕様の「ミニハーモニカキーホルダー」(2,750円)と高級感のあるゴールドのパイプ型「ミニハーモニカキーホルダーゴールド」(5,500円)。どちらも長さ35ミリながらC調に正確に調律され、1オクターブ8音の音域で多くの曲が演奏できる。これまで500個以上を「ビームス」に納入し、「BEAMS JAPAN」取り扱い店舗やビームス公式オンラインショップで販売している。

大畑さんは「国内外を問わず非常に好評。レトロなカルチャーや本物の音色を求める若い層からも複音ハーモニカを含めて『日本の素晴らしいものづくり』として驚きをもって迎えられている」と評価する。ハーモニカ愛好者は高齢化が進み、20~50代への浸透が大きな課題。「ビームス」はその世代に強い訴求力があり、中澤さんは「これが一つの突破口になれば」と期待を込める。
静岡県楽器製造協会の木村光良事務局長によると、浜松のハーモニカ製造の歴史は約110年前の大正時代までさかのぼる。当時、日本の市場はドイツ製が主流だったが、1915(大正4)年に日本楽器製造(現ヤマハ)が蝶印(バタフライ)と銘打ったハーモニカ製造に乗り出し、国内外で飛躍的に販売を伸ばした。
だが、昭和の時代に入ると、太平洋戦争でハーモニカの生産は一時中断。浜松は空襲と艦砲射撃で焦土となるが、戦後は学校教育にハ―モニカが採用されたことで「作れば売れる」時代が到来し、市内には10社近いメーカーが覇を競った。浜松駅には49(昭和24)年、ホームでハーモニカを販売する「ハーモニカ娘」も登場し、ハーモニカは浜松の戦後復興のシンボルとなる。

昭和楽器製造は47(昭和22)年、初代社長の故酢山陸平さんがかつての軍需工場の同僚らとともに設立した。大手メーカーの下請けとして最盛期には毎日2,000本近いハーモニカを作ったという。だが、鍵盤ハーモニカの登場で70年代以降は一転、衰退の道をたどり始める。同業他社の倒産が相次ぎ、2代目社長の故酢山義則さんも一時、廃業を考えたが、2004(平成16)年の浜名湖花博を契機にミニハーモニカが大ヒット。「楽器の街の土産品」として新たな活路を開いた。12(平成24)年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の第1バイオリン奏者だったヘルムート・プッフラーさんが同社を訪れ、その技術の高さを絶賛した。
ハーモニカは、真ちゅう製プレートの両面に取り付けた金属製リードが空気で振動して音が出る。長さ1センチに満たないリードをやすりで削ったり、専用のペンチで反りをつけたりしながら、いかに調律するか。そこが職人の腕の見せどころという。「微妙な感覚を身につけるにはとにかく経験を積むしかない」。屈指のハーモニカ職人だった義則さんは口癖のようにそう言っていた。

たった一つの音も揺るがせにしないリード技術は現在、長女の都田のり子さんが受け継いでいる。調律を始めて約20年の都田さんは「自分ができることを精いっぱいやるだけ。やればやるほど奥が深いと感じる」と話す。今は義則さんの妻文子さんが3代目社長、中澤さんの妻で次女の恵美さんが経理担当と家族4人で会社を切り盛りする。文子さんは「先々代から大事に作ってきたハーモニカを将来も守っていきたい」と言う。
県楽器製造協会の木村事務局長は「ハーモニカを入り口に音楽の世界に入る人は多い。音楽のすそ野を広げるためにもハーモニカの存在は大きい」と話す。高い技術力と庶民的な親しみやすさで浜松の楽器産業の一角を支える昭和楽器製造。「浜松でたいせつにしたい会社」である。