
シリーズ第4回は世界トップレベルの技術を誇るバネ製造の「沢根スプリング」(浜松市中央区小沢渡町、TEL 053-447-3451)。さまざまなバネをたった1個から、早ければ翌日に納入。製造業の常識とされる「大量生産」とは正反対の「多品種小ロット受注」の「最速納期」でスピード感に支えられた「時間」という付加価値を顧客に提供している。

本社に隣接する工場の1階入口付近。様々な工具が置かれた作業台の一角にハンドルがついた小さな器具が据えられている。従業員がハンドルを回すと、芯金(しんがね)と呼ばれる金属製の丸棒の上にバネ材が巻き付き、みるみるうちにコイル状のバネになっていく。「芯金巻き」と呼ばれるバネの製造法。一見、非効率にも見えるが、社長の沢根巨樹(さわね・おおき)さんは「1個のバネを受注したとき、(段取りや作業にかかる時間が短く)圧倒的に早く作ることができる」と言う。「多品種小ロット受注」と「最速納期」を目指す同社にとって最大の武器だ。
とはいえ、「芯金巻き」は職人の長年の勘やコツに頼る部分も大きい。沢根さんはバネの種類や材質、線径などのデータを入力することで芯金の太さをAIで予測するスマートフォン用のアプリを開発販売。製造工程での寸法変化を気にせず、だれでも手軽にこの技術を使えるようにした。AI上にデータが蓄積されれば、さらに精度を上げることもできる。「小ロット生産は採算が合わないと言われるが、芯金巻きを極めることで他社との差別化につながる」と沢根さん。アプリを使った芯金巻きのバネ製造機もまもなく完成予定といい、「今すぐバネが必要」というメーカーへの売り込みを図る。バネそのものから、バネを作る技術を販売するという発想の転換だ。

同社は沢根さんの祖父好孝さんが1966年に創業した。当初は受注先の8割以上が自動車関連で、その半数近くは特定メーカーに集中していた。だが、一部の顧客に過度に依存すれば同業他社との価格競争に巻き込まれる。2代目社長で沢根さんの父孝佳さん(現会長)は突然の契約打ち切りなど苦い体験を踏まえて通信販売による小ロット特注品の受注に舵を切った。その思いは沢根さんも引き継いでいる。「同じ製品ばかり作っていても社員は成長しない。毎回違う図面を見ることで考える力がつく。失敗もあるが、それが学びになる」(沢根さん)。現在、自動車関連の受注は4割程度にとどまり、取引先は500社以上、通信販売も含めれば3万社以上に分散しているという。
もちろん技術力の高さは折り紙付きだ。特に注目されるのは医療分野での超微細加工技術。2003(平成15)年に京都大学から微細コイル試作の打診を受けたことをきっかけに、15(同27)年から本格的に事業参入した。カテーテルや内視鏡に使われる微細なトルクコイルは世界中の医療機器メーカーが導入。実験用マウスの血管クリップとして使用される超精密マイクロコイルは認知症治療の研究にも役立っているという。18(同30)年には高い付加価値を生み出し、地域に大きな経済波及効果をもたらしているとして経済産業省から「地域未来牽引企業」に選定されている。

他社がやらない領域に挑戦する風土は本業以外にも発揮されている。21年にはキャンプ好き社員2人の何気ない一言をきっかけにキャンプギアブランド「ノラホリック」を立ち上げた。ランタンシェードや組立式たき火台などを作るだけでなく、責任をもって販売する。ものづくり一筋で顧客と直接会話する機会がない社員にとって、社外の人と触れ合うことは貴重な経験になり、人財育成にも役立ったという。担当者の1人で製造部長の外山望さんは「多くの人と情報交換する中で本業のバネの注文も受けた。企業相手から個人を相手にするBtoCへのきっかけになった」と振り返る。
沢根さんは「好きなことは思い切り伸ばしてほしい。夢中になれば時間は関係ない。大事なのは何時から何時まで働いたか、ではなく、何を達成したか。そのためには(仕事以外に)寄り道することも必要だし、人生が豊かになる」と話す。先代孝佳さんが掲げた「腹八分目経営」だ。働きやすさと働きがいにこだわり、会社を取り巻くすべての人を大事にする、として14(平成26)年に第4回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞中小企業庁長官賞を受けた。
根底にあるのは「会社を永続させる」「人生を大切にする」「潰しのきく経営を実践する」「いい会社にする」「社会に奉仕する」という同社の5つの経営理念。「父から引き継いだ理念を実現することが自分にとってのゴール」と、沢根さんは力を込める。
そのゴールから逆算して今、何をやるべきか。沢根さんはすでに、いつの時点で次の世代にバトンタッチするか具体的に思い描いている。祖父好孝さんは36歳で創業。父孝佳さんも沢根さんも同じ36歳で社長になった。当然、子どもたちが36歳になった時が事業承継のタイミングとの考えだ。その時に子どもたちが引き継ぎたい会社にするにはどうすればいいのか-。
沢根さんと親交が深い浜松商工会議所人材支援課長の深津正樹さんは「(沢根さんには)なぜ今これをやるのか、なぜこう判断するかについて、しっかりした軸がある。根底に逆算の発想があるからでは。時間の使い方も巧みで、人に任せるところは任せ、自分がやりたいことに集中する」と話す。

25年12月期の売上高は約9億円。今期は10億円の大台を見込むが、「大事なのは売上高よりも利益率」と沢根さん。現在、関心があるのがヒューマノイド(人型ロボット)の開発といい「AIはどこまで進歩するのか。果たして自分の分身が作れるのか。夢かもしれないが、自分の直感を信じたい」。「小さな異色企業」(沢根さん)は今後も進化を続けそうだ。
同業他社がやりたがらない領域に果敢に挑戦する沢根スプリング。その根底には人を大切にする経営理念と冷静な計算に基づいた「逆算の発想」がある。「浜松でたいせつにしたい会社」である。