
シリーズ第3回は、「トリイソース」で親しまれる創業102年の老舗「鳥居食品」(浜松市中央区相生町、TEL 053-461-1575)。国産の生野菜を丸ごと煮込み、木桶でじっくり熟成させる。食品添加物は使わず、酸味を引き出す酢も自社醸造。大手メーカーにはない発想と発信力で「弱み」を「強み」に変え、「浜松と言えばトリイソース」という絶対的なブランドイメージを確立した。
「こちらの大鍋では野菜を丸ごと煮込んでいます」-。ソース作りの流れを「見える化」した予約制の工場見学ツアー。10人近い参加者を前に、社長の鳥居大資さんが声を上げた。通路に沿ったガラスの向こうでは、タマネギやトマト、ニンジン、にんにく、セロリなどが巨大な鍋いっぱいに浮かび、白い湯気をあげている。一般的なソースは品質安定のためにペーストやパウダーを使うが、同社は野菜本来のうまみを最大限生かすため、地元産を中心とする生の野菜を丸ごと低温でゆっくり煮込んでいくという。

通路の反対側には煮込んだソースを熟成するための杉の木桶が並ぶ。味をほどよくまろやかにするため必要な熟成期間は約1カ月。桶の大きさはかつての12石(約2,165リットル)から4石(約720リットル)に小型化。それによって継ぎ足しがなくなり、澄んだウスターソースを取り出せるようになった。同時にソースのうまみが詰まった桶底ソースも安定的に確保できるようになったという。見学者からは「そうなんだ」「知らなかった」とつぶやきが漏れる。
「大手メーカーにとって生の野菜を使ったり、木桶で熟成するのは非効率だし、収穫時期のばらつきや味のブレなどリスクもある。だが、地方の小さな会社なら許容範囲のうち。逆にそれがその地域ならではの味になる」と鳥居さん。

「小さいこと」を逆手に取った手法は営業面でも発揮されている。先代の時代から家族ぐるみの付き合いがあり、コラボ商品も展開している仕出し弁当「竹泉」(浜松市浜名区内野)社長の木俣昭彦さんは鳥居食品のスタイルを「人を使わない営業」と評価する。鳥居食品は従業員19人。「普通は営業担当者が自ら取引先に足を運ぶが、鳥居食品は逆に客に会社に来てもらう。客を引き寄せる力、『売ってください』と言わせる発信力がある」(木俣さん)。
その「仕掛け」の一つが工場見学であり、工場と隣接した場所に昨年11月にオープンした定食店「トリイ食堂」だ。料理を作るのは、ふだんからソース製造にかかわっている社員。身近な家庭料理にソースを加えるだけで意外な広がりが生まれることを知ってもらいたい。それが自前の食堂開設の狙いという。

工場見学でソースづくりの現場に触れた客が「トリイ食堂」でその魅力や可能性を自らの舌で直接、体感する。その声が再び製造現場にフィードバックされ、品質向上につながる。本社内には卓上サイズから大容量サイズまで常に20種類以上のソースを取りそろえた直売所もあり、見学-試食-商品購入という一連の流れを通して着実にファンを増やしている。
2025年3月期の売上高は約2億円。鳥居さんが社長を引き継いだこの20年でほぼ倍増した。業務用と家庭用の比率は当初、業務用が大きく上回っていたが、10年ほど前に逆転。現在は家庭用が7割、業務用が3割となっている。木俣さんは「消費者が求める『安心・安全』『地産地消』を目に見える形にして押し出しているところが最大の強みでは」と話す。

農林水産省によると、イギリス発祥のウスターソースが日本に初めて伝来したのは江戸時代末期。1885(明治18)年にヤマサ醤油(千葉県銚子市)が「新味醤油」として「ミカドソース」を発売したのを皮切りに相次いで新商品が生れ、折からの洋食ブームに乗ってソース業界は活況を呈した。2025年時点でソース・調味料の国内市場規模は約6,000億円。今後も成長が予想されている。
鳥居食品は1924(大正13)年に「タカラソース」として創業。1958(昭和33)年に初代鳥居徳治さんが「鳥居食品株式会社」を設立した。現在使用している「打ち出の小づち」のロゴマークはタカラソース当時からという。2005(平成17)年、2代目社長謙一さんが体調を壊したことをきっかけに長男大資さんが3代目に就任。浜松北高-慶応義塾大経済学部を卒業し、米スタンフォード大大学院で修士号を取得。三菱商事や米GE(ゼネラル・エレクトリック)社で財務のプロとして活躍する国際派エリートからの思い切った転身だった。
最初の10年は試行錯誤の連続だったというが、経験に培われた視野の広さは経営の随所に生かされている。消費者ニーズに合わせて木桶のサイズを見直したり、時代が求める「安心安全」を追求して食品添加物を使わない選択をしたのもその一つだ。いたずらに伝統にとらわれず、時代に合った改革に取り組んできた。

鳥居さんは「大事なのはこだわりすぎないこと」と指摘する。「(味でも品質でも)こだわれば、どこまでもこだわる余地が出てくる。ただ地元の人が本当にそこまでの価値を求めているのか」。こだわりすぎれば結局、価格に跳ね返る。鳥居さんは「価格を通して常に地元消費者と手探りで対話している」と話す。
食品・酒小売「前嶋屋」(浜松市浜名区引佐町)店主の前嶋康一さんは2017年に放映されたNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」を契機に鳥居食品と取引を始めたという。地元が舞台のドラマで観光客が増加。そのために地元ならではの商品を積極的に扱いたい。そう思っていた矢先、ふとした偶然で鳥居さんと知り合った。「常に正攻法で手を抜かない人柄。ソースは無添加で子どもにも安心して提供できる。何よりおいしい」と前嶋さん。
今後は次代への事業承継も大きな課題だ。鳥居さんはさまざまな選択肢を視野に入れながら今後の方針を決めていきたいという。独自の発想と発信力で「地域ならではの味」を目指す鳥居食品。これからも「浜松でたいせつにしたい会社」である。